日光東照宮 最新情報 平成28年 日光東照宮 御鎮座 四百年

 大河ドラマ『八重の桜』が会津を舞台に始まります。会津と日光は会津街道で結ばれて、様々なつながりがありますが、中でも大きな出来事は、日光東照宮へ松平容保宮司をお迎えしたことでしょう。
 松平容保公は会津戦争の後、諸藩お預けの身となって、不如意な日々を送られましたが、明治5年には赦免され、同13年に5代目の宮司として、日光東照宮に赴任されました。同時に会津藩の家老であった西郷頼母近悳も宮司を補佐する禰宜職に就任しています。ただし、西郷頼母は明治になって名字を変えて、保科近悳と名乗っていました。幕末会津藩の主従は、こうして日光で再会を果たし、協力して日光東照宮の保全に尽力されたのです。
 その頃の東照宮は、幕府からの庇護を失い、経済的に困窮して、社殿修理に困難をきたすあり様でした。そうした中で、地元の有志者が、東照宮をはじめ二社一寺を維持するため、明治12年に保晃会を組織します。そして、会の初代会長に松平容保宮司を迎えて、日光山を守るために奉賛活動を行ったのです。松平宮司も自ら奉賛を募る書状をしたためるなどして、活動を推進されたと伝えられています。
 日光東照宮が豪華絢爛な社殿を維持できたのは、この松平容保宮司と保晃会の活動があったお蔭です。
 松平宮司が行った東照宮保全事業は、その後、大正・昭和・平成へと引き継がれ、今、御祭神400年祭を間近に控えて、急ピッチで社殿修理が進められています。

平成25年には、松平容保宮司が守り通した日光東照宮へ。
皆様のご参拝をお待ちしています。(Y.Y)

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